大西枝美の恋するインド、アーユル紀行

vol.1 愛の母、アンマのアシュラムを訪れる

ムンバイは夜の7時。タクシーに乗りこみ、渋滞の街をすり抜けるようにホテルに向かう。近代的な高層ビル、排気ガスと埃にまみれて横たわる路上生活者。鳴らさないと損でもするかのように必死にクラクションを鳴り響かせるドライバーたち。記憶が少しずつ蘇ってきた。これがインドだった。忘れかけていた記憶も心に潜んでいた感情も、インド人女性が身にまとうサリーのようにくっきりと浮かび上がってくる。

アンマとは聖人「シュリー・マーターナンダマイー・デーヴィ」のことで、アンマが育った南インドのケララ州にあるこのアシュラムは、霊性と人道活動の機関である「マーター・アムリターナンダマイー・マート」の本部でもある。アンマは「お母さん」という意味もあり、世界中からここを訪ねてくる人を何時間もただ抱擁する。「ダルシャン」というこの抱擁は、ときには夕方から翌朝まで続くこともあり、その間、アンマはほとんど立ち上がることなく、初めから終わりまで同じように変わらぬ笑顔と愛で人々を抱き続ける。これまでにハグした人は3300万人以上にものぼるという。

アンマは人間じゃない!?アンマの抱擁は不思議な力を持っていて、アンマにハグしてもらってから手相が変わったり、運命が変わる人は後をたたない。私は初めてアンマにハグをしてもらった直後にトムと出会い恋に落ちた。そして、不思議な縁に導かれてイタリアに暮らすことになったのだ。

私とアンマを繋げてくれたのは、太極拳と瞑想の先生であるカナダ人のデイヴィッドだ。8年ほど前に北インドのリシュケシュでヨガを学んでいた私は、アーサナプラクティスの毎日に変化を求めていて、そろそろ瞑想を体験してみたいと感じていた頃だった。その頃知り合った彼が語るマンマの神秘性に私は魅了され、アンマの抱擁を受けにケララに来た。

「ダルシャン」ではカップルは同時にハグしてもらえる。トムと私も長い列に2時間以上並び、トムはすっかりしびれを切らしていた頃、いよいよ私達の番となった。アンマがまず私を片腕に抱きかかえたところで、スタッフとアンマの会話が始まった。ハグされないまま突っ立っているトムの横で、私はアンマの腕の中で子供のように甘えた。その時間は永遠に続くような感じがして、日本にいる家族のことが心に浮かんで涙がポロポロとこぼれ落ちた。

アンマ(お母さん)に抱きしめてもらえるのがこれほど嬉しいのかと初めて知った。歳を重ねても私たちはいつまでも神様の子供だし、たまには子供のようにお母さんに甘えたくなる。

何分くらい経ったのだろう。スタッフとの会話を終えたアンマは、思い出したかのように一人取り残されたトムを一緒にハグしてくれたが、それはほんの一瞬のことだった。部屋に戻る途中のエレベーターのなかで、「2時間待ったのに、僕にはたった3秒のハグだけ? 」と、文句をいうトム。その瞬間、エレベーターが止まり真っ暗になった。そしてトムが「もしかして、アンマに聞こえたのかな? ごめんなさい、アンマ」と言った瞬間またエレベーターが動き出した。

メディテーションと神秘体験アシュラム滞在中は時間の許す限りデイヴィッドと瞑想した。リシュケシュで初めて会った8年前、「瞑想に方法はない。目を閉じれば超意識はすぐそこにあることがわかる」と言われたあと、簡単なマントラを唱えてしばらくすると、大きな波のようなエネルギーの塊がゆっくりと身体のなかで上昇するのを感じた。その波が脇のところまであがって来たとき、脇から汗が吹き出し、それが目の高さまで上がってくると、睫毛がパチパチとなるかのように勢いよくまばたきが繰り返えされ、涙が滝のように流れはじめた。

デイヴィッドに「どうして泣いているのかわからないけど涙が止まらない」と言うと、「心配しなくていい。浄化の涙はよくあることだ」と笑顔で答えてくれた。蜜のような柔らかなものが頭頂からしたたって、その蜜が顔の筋肉、そして全身を柔らかくしていくような感覚だった。柔らかくなった身体はそのまま大地に沈んで、地球とひとつになった。そのあいだも、内側から押し寄せる柔らかく優しい波に包まれて漂っていた。

旅することは、日常とは違う次元を旅することでもある。インドでは物質社会とは真逆の精神世界を駆け巡ることができる。のびのびと気が向くままに風を切って。

EPISODES

インドの旅の思い出「ハルモニウム」

ハルモニウムアンマは幼い頃から「バジャン」(神に捧げる歌) を作っては歌っていたそうで、アシュラム内には楽器屋まである。ハルモニウムは、宗教音楽であるキールタンやバジャンを歌う時に登場するアコーディオンのような楽器だ。標準サイズのハルモニウムは素敵だけど少し重いので、将来ハルモニウムを抱えて旅に出るのを夢見て、トラベラーサイズのハルモニウムを購入した。

インドで見たアーユルヴェーダ

「マントラ」とはインドに古くから伝わる癒しの力の持つ音やフレーズのことで、神様が音として現れた形ともいわれる。くり返し唱えることで心身のバランスを整える作用があり、アーユルヴェーダではマントラ療法もある。それぞれの音が持つエネルギーを心身に響かせてみて。

  • AIM (アイム)
    女神サラスヴァティのエネルギーを象徴し、知識、英知、創造力を司る。会話力、導き、集中力を高める。

  • SHRIM (シュリーム)
    女神ラクシュミーのエネルギーを象徴し、健康促進、創造力、幸福、繁栄をもたらす。調和、健康、栄養を高める。

  • HRIM (フリーム)
    全ての女神のエネルギーを象徴し、生殖機能を強化する。ハート、空間、プラーナの音で太陽の力を反映する。