大西枝美の恋するインド、アーユル紀行

vol.4 アーユルヴェーダの解毒作用に苦しむ

1日目の治療を終えると、クリニック内の薬局で薬が処方された。薬草を煮出した苦い薬は、食前に服用する定番の薬で毎日処方される。それに加え日替わりでその時の症状に合った錠剤が数種類処方されるしくみのようだ。もちろん全てアーユルヴェーダのナチュラル・メディスンで、クリニックの裏庭では、摘んできた薬草を煮出すセラピストの姿を見かけた。クリニックメイド以外の薬は、アーユルヴェーダの医師であるウンニ先生の母親が所有する、トリヴァンドラムの工場で作られたものだけが処方される。

パンチャカルマは、体に溜まった毒を出す為のデトックス治療なので、治療中はアルコール、ビール、タバコ、コーヒー、炭酸飲料等の毒の摂取は禁止される。基本的に温野菜、スープを食し、ヨーグルト、揚げ物、脂っこいもの、辛いもの、酸っぱいものは避ける。そして治療を受ける1時間前には食事を済ませておく。この規則を守らなかったり、冷水を飲んだりすると下痢や熱に襲われるので注意しなければならない。

ウンニ先生は、医師か、シャーマンか。2日目が始まった。予約の時間にクリニックに到着すると、待合室では15人くらいの患者が待機していて、アシスタントの女医2人が、患者に体調の変化についてなど、ひとりずつ朝の質問をしているころだった。そこへウンニ先生が登場した。ウンニ先生は患者の横に座り、女医が書き終えたカルテに目を通し、患者の顔をじっと見つめながら3分ほど診察を行う。患者はこの時に体調不良や質問があれば話しておく。それによって治療内容が変更されることもあるからだ。先生と話ができるのはこの時だけで、治療が終わった後は、特に問題がなければ先生と話しをすることはまずない。なにせ、ハイシーズンの11月から4月の半年間は、1日100人以上もの患者が出入りし、クリニックは大忙しなのだ。患者はヨーロッパ、ロシアからやって来る西洋人が大半で、リピーターも多い。カウンセリングを終えた患者は、セラピストに連れられて治療室へ向かう。

わたしは2日目も3日目も、初日と同じカラリマッサージが処方された。3日目にマッサージを終える頃は辺りがすっかり薄暗くなり、夕暮れと共にやってきた蚊がブンブンと耳障りな音を立てた。マッサージの余韻に浸っていると、ウンニ先生がドアを開け、そこから2メートルぐらい離れた所に横たわっている私を見ていた。
「もう熱は下がって調子は戻っているみたいだから、本治療に入りましょう」
「えっ? 先生、どうしてわかるんですか? 」
ウンニ先生は遠くから暗闇の中で私を見ただけなのだ。
「経験です。それにあなたの顔を見ればわかる。お腹はとても大切で、お腹の調子は顔の表情全てに現れるんですよ。」
ウンニ先生がなんとなくシャーマンに見えた瞬間だった。

4日目、腸内洗浄を体験する治療中はできるだけ体を冷やしてはいけないので、海で泳ぐことは控えたほうが良い。2時間治療を受けているだけの単純な毎日なのだが、意外に体力を消耗するので部屋に帰ると休息が必要になる。治療で出歩く以外はできるだけ大人しくして、食事も軽いもので済ませ、消化にも無駄なエネルギーは使わない。五感から取り込む情報を控えめにすることで、感覚が内側へ向きプラティヤハーラが起こる。そうして生気・プラーナは無駄に流れ出ずに身体を修復する作業に廻ってくれるのだという。このようにオーガニックな癒しの流れを作るのがアーユルヴェーダ療法なのである。

4日目はピュリフィケーション(腸内洗浄)をする日で、指示された通りに朝食を取らずに9時にクリニックへ着くと、下剤のような作用のあるチャイのような甘い飲み物を飲まされた。そしてお粥の入った弁当箱を渡され、帰宅して安静にするように言われた。

いつもお通じは良く、この日の朝もクリニックに来る前にトイレには行っておいたので下剤の効果はあるのか疑問だったが、2時間後徐々にお腹が痛くなり、その後3時間はトイレから離れることができなくなった。やっとその嵐が去った14時頃、もらったお粥を食べると体が少し落ち着いた。夕方にはクリニックに戻り初めの2日間と同じ治療を受けた。そして、キズィー(Kizhi)という治療が加わった。ふかした米と薬を野球ボール大にガーゼで包み、それを温かい液体の中に浸けた後で体中にポンポンと叩き込むマッサージ、その後はいつもの黄色い粉のマッサージ、ウドゥヴァルタナムを受けた。

一方トムは嵐が全く去らず、夜通しトイレに入り浸りで苦しんでいた。パンチャカルマの反応は人それぞれに全く違う。毒素が体に溜まっている人程治療過程は辛いものになる。クリニックで出会ったリピーターの男性は、腸内洗浄で出て来た便の中にベジタリアンではなかった1年前に食べた鶏肉を発見した(!)と言っていた。腸内に古くなった食べ物がミイラのように蓄積されているなんて、怖い話である。

5日目の朝、トムは夜通しトイレに入り浸りだったので、少し眠そうではあったけれど元気を取り戻していた。「ラジャス」の攻撃性の嵐が、身体に蓄積されていた不活発な毒素である「タマス」を追い払い、「サットヴァ」の平穏なる祝福の中にいた。この機会を持てたこと、それをトムと共有できたことへの感謝の気持ちで一杯だった。※< トリグナと3つのグナ>参照

この日の治療はいつものカラリマッサージの後に、ピジチル、そして腰に小麦粉の生地で丸く柵を作った中に温かいオイルを流し込んで、腰、仙骨を温めるカディバスティという新しい治療が加わった。元気を取り戻すと空腹感も戻ってくる。甘いものが食べたくなったのでおやつにパンケーキを食べてみたが、その後すぐに気分が悪くなった。体は想像以上に弱く敏感になっているようだ。

EPISODES

インドの旅の思い出「アーユルヴェディック・フーズ」

アーユルヴェディック・フーズインドでもスーパーなどでは「アーユルヴェディック・フーズ」というカテゴリーが設けられている。それ自体は商業的に作られた架空のコンセプトだそうだが、アーユルヴェーダの教えに沿って自分の体質を把握し、それにあった食事をすることは理にかなった健康管理法だ。 ある人の食事が別の人には毒となり得るとアーユルヴェーダの経典に記されている。

インドで見たアーユルヴェーダ「トリグナと3つのグナ」

体質がド―シャで表わされるように、心の性質を表わすのが「トリグナ」。ヨガのサーンキャ学派では宇宙に存在するエネルギーや物質の背後には、プラクリティ( プラ=原型、クリティ=経過の意味)と呼ばれる根本原質が存在し、内在する基本的な3つ(トリ)の性質(グナ) であるサットヴァ、ラジャス、タマスを通して、プラクリティは全ての創造物の中に姿を現すと考えられている。

  • サットヴァ
    均衡が取れていて正と負のバランスを保つ力。光、愛、生、崇高な力、信念、正直、自制、謙虚、誠実を表し、意識を進化させる。

  • ラジャス
    活動的、刺激的、ポジティブで変化を引き起こす力。情熱、曖昧さ、動揺、生命力といった安定感や継続性の欠乏を表し、魅力と幻滅、恐怖と欲望、愛と嫌悪などの感情的な揺らぎを引き起こす。

  • タマス
    受け身、妨害的、ネガティブで前の状態を維持しようとする力。タマスは闇、無感、死、低い力、怠惰、重さ、依存、停滞を表し、無知と執着に引き落とす。